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波紋
(10.3.4) |
去年、亀山のアートの催しに実行委員として携わり、一緒に記録誌も制作した水野裕也さんから、「NAZUNA DESIGN」という事務所+ギャラリーを開設したというお知らせをいただいた。亀山の東町商店街の空き店舗を借りて、3月からしばらくは毎月1〜7日にかけてのみ開くそうで、さっそく出かけたら今のところは事務所というよりほとんどギャラリーだった。芸術系大学を出て東京で働いた後、亀山にUターンした水野さんは、Macで作品づくりをしながらフリーのデザイナーとしてやっていこうとしている若者だ。いきなり事務所というのも資金がかかるし、当面は毎月はじめの7日間から始まってやがて毎日いる事務所にしたい、という。
毎日新聞や中日新聞などでも紹介され、話を聞いている間にも何組か見に来る人がいる。白子から自転車に乗って来たおじさんもいたそうで、いろんな人と話ができて楽しい、と言っていた。
順調に出世したら仕事を回してほしいな、という魂胆を込めて開業祝いに三重の地酒「酒屋八兵衛 純米吟醸酒」を贈った。
会社などに属さずにフリーで仕事をするのは、自分がしたいことがあるから。実現していくのは大変だけれど、世の中に求められていることとうまくマッチできたら楽しく仕事ができるはず。お互いがんばりましょう。
この東町商店街には「NAZUNA DESIGN」と同時に、やはり空き店舗などを活かして毎月はじめの7日間だけ開設される3つのギャラリーが作られている。企画・運営するのは去年のアートの催しに出展した作家たちの有志のグループ「majo+」だ。若手からウン十歳(?)にかけての女性作家たち13人から成り、中心になって引っ張っているのはアラ還世代。自分たちのことを「マジョ」と言いながら、“青春”というライフスタイルを生んだ世代らしい爽やかさを感じる。
水野さんや彼女たちは、地元の人たちにアートのまちづくりに関心を持ってもらうためにフリーペーパーも発行している。4つのギャラリーの営みが、亀山の町に波紋を広げていってほしい。
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半月
(10.2.4) |
小説『半分の月がのぼる空』の作家、橋本紡さんを迎えてのトークイベントが13日に皇学館大学である。伊勢を舞台にした純愛小説で、オール伊勢ロケで撮影された映画も間もなく公開される。
小説は全部で8冊ぐらいのシリーズだったろうか。1日3冊ぐらいのペースで一気に読みながら裕一と里香の世界にどっぷり浸かったことを憶えている。
愛とは、人を幸せにすること。幸せとは、支え合うことだとこの小説を読んで気づかされた。映画の里香役は、個人的にはパフュームのかしゆかに演じてもらいたかったが、まあいいさ。楽しみにしよう。
13日は仕事の関係でどうなるかわからないけど、行って橋本さんの生の話を聞いてみたい。
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オンリーワンになること、仕えること
(10.1.11) |
うどんとそばのどちらが好きかと言えばうどんだが、おいしいうどんがただひたすらおいしいのに比べ、おいしいそばは心をふわっと桃源郷に誘うような清涼感がある。
先日、取材でおじゃました名張市の「そば.けいた」さんは、そばの味と共に店の雰囲気もとても清々しかった。壁は土壁、床は大谷石が敷き詰められた屋根まで吹き抜けの木造の店。近くの雑木林に面して掃き出しの大きな窓があり、時おりパチッと音がする薪ストーブの温もりに浸りながら雑木林を眺めていると、自然に包まれたようなほっこりとした気分になる。
窓辺に『日本の樹木』という本が何気なく置いてある。庭をよく見ると、さまざまな広葉樹が10数本植えられている。何年かあるいは10数年か後には、美しい森に包まれた店になるのだろう。
その店内の一角に、若いご主人が毎朝そばを打つ部屋がある。そこには、深々とおじぎをする福助人形がそばを打つ板に向かって置かれていた。「仕事とは、仕えること」と昔聞いたことがある。身を粉にして、一心に事に仕える。その心を人形の姿勢が現しているように感じられ、心打たれた。
オンリーワンになること、仕えることは、商売をしている人にとってとても大切だ。もちろん自分にとっても…。
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「忘れられた日本人の音楽会」
(09.11.27) |
というタイトルのチラシをもらった。「音の精霊が目覚めると、はるかなる音楽の旅が始まる」というキャッチコピー、アンデスの先住民が巡礼して山に集まっている写真が気になって22日の晩に出かけた。会場は、演奏者の一人であるアパッチ宮原さんの実家である鈴鹿市寺家の古い民家。アパッチさんは若い頃から世界各地を旅し、南米ではアンデスの先住民と生活を共にしながら、地元の伝統的な儀式や祭礼をはじめ幾多のコンサートに演奏家として参加してきた。また世界各地の楽器を自ら手づくりする、まさに音の旅人だ。
共演者の一人であるソロギタリストの内山ユウキさんも、ギターをもって自転車で北南米大陸を縦断中アパッチ宮原さんに会ったのだという。内山さんの曲を聴いていると遥かな草原が心の中に広がっていく。歌の合間に北南米の旅の話をしてくれた。2000キロ続く海岸線や3000キロ続く砂漠を進んだこと、命の危険に3度ほどあったこと、それでも旅をやめなかった理由や今にどうつながっているかなどを聞くと音色がより心にしみ込んで、世界の広さを久しぶりに感じた。
一方のアパッチさんの音楽、特に音のパフォーマンスとも言える最初の「セレモニー」は、森の中に深く入り込んでいくような気がした。これ以上入っていくともう帰って来れないような森の奥の奥。でもそこはこの鈴鹿にも世界のどこにもつながっているような気もした。
古民家2階の和室二間をつなげたような部屋は、昔ながらの電灯とローソクが灯され、演奏者や集まった人たちの顔に陰影を作っていた。そのしっとりとした雰囲気が音の精霊たちを招きやすかったのかも知れない。
最後は仲間の演奏者たちが一緒になってさまざまなフォルクローレが奏でられた。悲しい曲、陽気な曲、いずれも素晴らしかったけどやはり一番印象的で今も脳裏に鳴り響いているのは「コンドルは飛んでいく」だ。弾むように演奏する一人ひとりが何だかすごく自然に見えた。そして演奏者たちの魂と共に自分たちも笛の音色に乗って空を飛翔しているような心地良さを感じた。
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亀山・商店街 in ART 2009
(09.10.28) |
アートは人と人をつなぐ力がある、と昨年「亀山・商店街 in ART 2008 アートフォーラム三重展」に実行委員として参加して思った。
会期中はいろんな作品の魅力にふれ、いろんな方と笑顔で会話し、楽しかった。制作をお手伝いした記録誌ができあがったとき、実行委員のみなさんに拍手してもらったのがうれしかったし、またやろうという声が町の側からも作家側からも出て、今年「亀山・商店街 in ART 2009」を11月1日(日)から9日(日)にかけて行う。
今年のテーマは「天空のまちでアートとアソブ」。36人の作家による商店街での作品展示に加え、初日の1日(日)は東町商店街を歩行者天国にし、路上で公開制作やワークショップ、落書き大会、ミニライブなどいろんな催しを開く。夕方5時からは、県立美術館の井上館長からアートとまちづくりについてお話いただくトークイベントもある。
率直に言って、準備は大変だ。寄付をお願いされている人たちには頭が下がるし、「商店街をアートの力でよくしていこう」という基本的な思いは共通しているはずなんだけれど、いろんな価値観を持っている人たちが意見をぶつけあう中で、面白いと思う意見が共感を得られなかったりする。家庭で手づくりしたパンやお菓子をイベントで販売できないことを知らずに手づくり市への出店を声かけするなど、自分が至らなかったせいで迷惑をかけた人もいる。
いろんな思いが溶け込みながらも、手づくりのスープのようにおいしくなってほしい。
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雨の東紀州
(09.10.4) |
台風18号が接近する7日、三重県の道の駅の取材で東紀州に行った。
国道42号を南下するにつれ、雨が強くなる。海山辺りでは、山の中腹にけぶりのような雲がたなびき、水墨画のような美しい風景だった。尾鷲では厚い雲が低くたれ込め、車のフロントガラスに大粒の雨を叩きつける。そして矢ノ川峠付近では山の斜面にふだんは見られない豪快な滝がいく筋か流れていた。滝はとても力強く、天地のエネルギーを感じた。そんな大雨でも、熊野の海は青くてきれいだった。七里御浜に打ち寄せる大きな波も素晴らしくて、取材が終わったら帰りに海辺に降りてしばらく眺めていようと思った。が、帰りには道路から七里御浜に出る門はことごとく閉じられていた。
自然の気やパワーが強い場所が聖地であるなら、大雨に見舞われる東紀州も聖地に近い素敵な場所だと思う。
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熊野へ
(09.8.29) |
2日間、「増刊現代農業」の取材で熊野市に行ってきた。山が多い熊野はどの川もミネラルウォーターを敷きつめたようにきれいで、そして海も美しい。自然が美しいということは開発で汚されていないということでもある。働き口が少ないために多くの若者が高校卒業後外へ出て行くが、県人会ならぬ「熊野市人会」が関東や関西、中部などで組織されているということは、それだけ愛情が注がれているふるさとなのではないだろうか。
山間部を中心に耕作放棄地が増えているが、農ブームのなかUIターンの若者が就農する逆流も一部で起こっている。熊野市は新規就農者支援制度を始めたし、販路までサポートしようとする志のある有機農業者たちのネットワークもある。
大きな紀伊半島の南側ということもあって距離感を感じていたが、それも変わりそうだ。
平成25年度には、高速道路が熊野まで伸びる(近畿自動車道紀勢線は尾鷲まで、以降熊野までは高規格道路)。熊野から名古屋まで、現在大紀町まで伸びている高速道路を利用して車で3時間半ほどかかるという。高速が熊野まで伸びたら、たぶん2時間半ぐらいで行けるようになるだろう。熊野が近くなるのはうれしい。人の流れが変わり、経済や文化にも影響があるだろう。何だか楽しみだ。
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青い一日
(09.8.18) |
やっと夏らしくなったお盆の一日、カヌーを積んで熊野灘へ出かけた。
熊野灘は、海も空も青かった。
いつも出艇しているお気に入りの場所は行楽客の車で混んでいたので、小さな半島の反対側へ回ってカヌーを下ろした。紀伊半島南部はほとんどがリアス式海岸で、いくつもの入り江が小さな半島や島々を巡って入り組んでいる。これまでカヌーをしたのはそのうちのわずかな範囲で、その日漕いだ入り江も初めての海だった。
外海に向かって漕いで行き、半島先端にある島に上陸。初めて上がった砂利浜は両サイドが海に面していて、大小2つの島が浜によって結ばれているようなユニークな地形の浜だった。一方の海はカヌーがやっと上陸できるような小さな入り江で、もう一方は遠浅の開放的な海。どちらもゴミはほとんど落ちていないほぼ天然の海だ。
小さな入り江で素潜りを満喫した後、反対側の遠浅の海辺に座ってビールを飲んだ。砂利浜なので打ち寄せて引いていく波の音がとてもきれいだった。
ザーン!シャワシャワシャワー…。白波が引きながら小さな泡が弾けていくシャワシャワー…という音は特に長く、余韻を引きずるように消えていく。でも波が不規則に打ち寄せるので、浜のあちこちからずーっと聴こえてくるのだ。澄んだ自然に包まれて、とても気持ち良かった。






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津の海
(09.8.4) |
雨以外の日は毎朝、島崎町の海岸を15分ぐらい散歩している。メタボ対策になればと始めたのだが、澄んだ水平線や朝日とともに、安濃川と志登茂川の二つの河口が美しい自然の姿を見せてくれることがあり、気持ちよい散歩を楽しめるのだ。
今朝は5時半過ぎに目覚めて散歩に出た。ふだんより早いのでやはり朝日が気持ちよい。河口はすごい遠浅になっていて、沖の方からいろんな模様で波が打ち寄せてくる風景も美しいし、いろんな角度から聴こえてくる潮騒にも心安らぐ。
砂浜のずっと先の方ではいつもたくさんの鳥が羽を休めているが、今朝は200、300メートルほど沖の浅瀬で休んでいた鳥の大群が砂浜に向かって海の際ぎりぎりに飛んでくる瞬間を目にした。まるで海の上に鳥の道ができたような壮観な眺めだった。そしてさらにその鳥たち(名前がわからなくて残念)は岸辺に来ると次々に海に飛び込んで、岸と平行に泳ぎ出す。顔を海に突っ込んで餌を取るような仕草は一切なく、ただ純粋に泳いでいるように見えた。カモのようにふだんから水に浮かんでいるような鳥ではなく、水面から出ているのは首から上。それが大群で泳いでいる様は、テレビの大自然の紀行番組のようで、カメラを持っていたらと強く思った美しい眺めだった。
もう一つ、気持ちよかったことが今朝はあった。砂浜でポリ袋を持ってゴミを拾っていた女性に出会ったのだ。津の海は自然海岸が多くてきれいなのだが、打ち寄せられるゴミや海岸で捨てられるゴミも多い。先日は花火の後始末をまったくしていないたくさんのゴミが砂浜の上に錯乱していた。気持ちよくないので翌朝一人で片付けていたら、年配の散歩をしていた方から「ご苦労さんです」と声をかけていただき、うれしかった。また何年か前も、散歩していたときにゴミを拾っていた若者に出会ったことがある。いずれも一人で、ほんのちょっとした気持ちでやっているんだろう。
そんなちょっとした気持ちがつながったら素敵だろうなと想像した。
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職人の店
(09.7.8) |
FM三重のグルメ本『三食三重三昧スウィーツ編』の取材で、伊賀のイタリア料理店ブォーノと洋食店グリル・ストークに行って来た。まずはブォーノ。おすすめスウィーツの話を聞いている途中、「先日マツケンが来た」とオーナーシェフがおっしゃる。「年配の方ですか? 若い方ですか?」と聞いたら「若い方、松山ケンイチやよ」とおっしゃるので、エッと驚き、しばし仕事のことを忘れてしまった。
何でも映画「ノルウェイの森」の撮影が伊賀山中であり、ある夜の遅い時間に、松山さんとスタッフが飛び入りで食事に訪れた。で、食事をしたらおいしいので他の共演者やスタッフも電話で呼び出し、遅くまで盛り上がったのだという。松山さんや共演の菊池凛子さんなどの様子もうかがったが、普通の人のようだったと好感を持って語るオーナー。写真を撮るのが好きな方なので「写真を撮りましたか?」「色紙にサインをもらいましたか?」と興奮しながら聞いたが、「そんなんせえへんよ」とさらっと一言。何てもったいない、と浅はかな自分は思ってしまう。さらに松山さんと入れ替わりに帰った客が撮影しようとカメラを持って再びやってきたときも丁重にお断りしたのだという。「お客やからね…」。カッコ良いっす。
その後、伊賀の中心市街地のグリル・ストークへ。昭和31年に創業した老舗の洋食屋さんで、創業以来継ぎ足し続けているデミグラスソースを使ったタンシチューやハヤシライスなどのメニューが人気を呼んでいる。が、デミグラスソースとともにもう一つのお店の宝が、昭和39年に建てた当時のままの店のたたずまいだ。シャンデリアが光り、きれいに磨き上げられた店内は懐かしい昭和の空気が満ちていて、とても居心地が良い。古いけれど古びていない、まさに昭和遺産だ。その店内で職人のオーナーシェフから手づくりのこだわりなどをおうかがいしたことは、やはり幸せなひとときだった。そこへ、♪リリリーンという柔らかな懐かしい電話音。何と昔のダイヤル式の黒電話が今も使われているのだ!「電話を変えるのが面倒だから」とオーナーは笑うが、やはりこの店の空気は尋常ではない。
いずれの店にも共通しているのは、まずとてもおいしいこと。そして息子さんたち(中学生や大学生)が父と同じ道をしっかりと歩もうとしていることだ。
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美しかった、面白かった別府のまち
(09.7.1) |
半月ほど前になるが、「混浴温泉世界〜別府現代芸術フェスティバル2009」を亀山のアートのまちづくりを考える会の人たちと見に行った。
戦災で焼けなかった別府は、古い建物が多く、昭和がそのまま生きているような町。何より商店街が元気なのが印象的だった。夜入った居酒屋のおかみさんは昔より廃れていると言っていたが、なじみ深いシャッター通りとは違って往来に活気があった。ちょっとけだるそうな若者や汗を拭きながら歩く中年、そしてシャンとしているお年寄りたちを、商店街やそこから入り組むたくさん路地裏で見かけた。いろんな大人がいるような、人の気配の濃い町。文化の地層が厚くて歩いていて楽しい。活気のある地方の町特有のスローな時間と空気が漂っていて、その襞の中にいろんなアートが展開されていた。
商店街の空き店舗、路地、platformと呼ばれる古い民家を改装したギャラリー、よく残っていたと思うぐらい古いアパート、港のターミナルビル、昔の大金持ちの贅を尽くした別宅、温泉街。それぞれの場所で、素人目には何デモアリみたいな現代アートが展示されている。例えば、毎晩入浴した温泉のお湯を美しいゼリーにして並べて置いた作品(古いゼリーが少しずつ崩れて液体になっていく)とか、アパートの一角で赤い毛糸をくもの巣のように編んで張り巡らした作品とか、不思議なんだけどその中に妙に惹かれるものがあって、そのゼリーに何がとじこめられ、解き放たれていくんだろうとか感じるのが楽しかった。
あと別府で素晴らしかったのは、100円で入れる温泉がまちのあちこちにあったこと。明治時代に建てられた竹瓦温泉や不老温泉などに入ったけど気持ちよかった。古いけれどきれいに磨き上げられた木造で、男湯は通りから中が見えるほど開放的。銭湯の原型のようなたたずまいで、「番台募集」の貼紙まであった。何だが住みたいと思った。





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気ままなヤギ
(09.6.2) |
先日、伊賀のモクモク手づくりファームに取材で行ったとき、空いた時間を利用して「小さなのんびり学習牧場」に立ち寄った。ここはロバや馬、牛、ブタ、ヒツジ、ヤギなどの家畜動物が飼われていて、近くで眺めたり触ったりしてふれあえる。昼どきだったのでみな穏やかに牧草を食べたり寝そべったりしていた。ヤギが飼われている柵の中では3匹のヤギが木陰で目を閉じてくつろいでいる。その風貌はまるで哲学者のようで、ウムム…と見入っていたとき、一匹だけ離れた柵の片隅で口をまっすぐ上に伸ばしたままピクリとも動かないヤギが目に入った。あの独自の姿勢のまま寝ているのだろうか…。なんて気持ち良さそうな恍惚とした表情なんだろう。「くるみちゃん」という名前を覚えてしまった。
モクモクを訪れる客はリピーターが多く、ファンともいえるモクモクネイチャークラブの会員は4万世帯にのぼるという。それもわかる素敵な場所だ。
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熊野の自然
(09.5.7) |
奈良県十津川村に住む自然造形作家・原秀雄さんの個展を県立熊野古道センター(尾鷲市)に見に行った。原さんは縁あって奥熊野に移り住み、自然農を営みながら、かづらや古木、石などの自然を組み合わせてカゴや花器などのオブジェを作っている。奥さんの水音さんが書いた『奥熊野かづら工房』という本を以前読んで、素敵な作品だな、と思っていた。
その原さんが初めて地元の熊野で開いた個展は、一つひとつの作品が吸い込まれるように美しかった。周りの空気を熊野の深山や幽谷のものに変えていくというか、熊野の自然を深く愛し、その自然と語らいながら作られているんだろうな、と感じた。
お二人からちょっとお話もうかがえた。ぼくも自然農を学んでいるんです、と言ったら原さんは顔をほころばせて農の営みを語ってくれた。ただ獣害は深刻になっていて、ジャガイモで味をしめた猿が同じナス科のナスやトマトの苗も食べてしまうことや、猪はトタン塀も突き破ってしまうことなどを聞いた。20年前に熊野に来た頃はこんなことはなかったそうで、山から人が離れていったことにより、山の中の勢力図が変わってしまったのだという。
原さんの家の写真を見せていただいた。「山村の“村”が要らないぐらい山ですよ」とおっしゃった通りの山の中の一軒家。道路沿いの駐車場から50mほど上がっていくのだという。
でもお二人にとってその地は、不便ではあるかも知れないが住みにくくはないのだと思う。熊野を愛しているお二人にとっては、そこが世界の中心だから。
水音さんの新しい著書『地球の音を聞きながら』(光文社)も読むのが楽しみだ。
  原秀雄・南秀明
「熊野・気のカタチ木の工芸展」
4月25日(土)〜5月24日(日)
三重県立熊野古道センター
*会期中無休*入場無料*
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新茶
(09.5.6) |
鈴鹿山脈の麓、鈴鹿市椿地区で茶園を営む拝啓かあさん本舗から、今年の新茶が送られてきた。園主の市川さんは有機農法でお茶づくりをされていて、以前仕事でお世話になったとき、おいしいお茶というものを丹念に教えていただいた。いわく、新茶とは味よりも新芽の香りを楽しむもの。熟成して味がのってくるのは夏を過ぎてから。冬から春先にかけての気候がその年のお茶の味に影響する。農家が作るお茶は畑の味だ…。
いただいた新茶をゆっくりと味わった。煎茶のような馥郁とした香りの中にほのかな甘みが広がる。目を閉じると新緑に輝く椿の茶園の中にいるような、爽やかな春の香りがした。
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大根の花
(09.4.12) |
津あたりで桜が一番きれいだった昨日、事務所の部屋でも大根の花が咲いていた。
大根に花を咲かせるのは、趣味で家庭農園をしている人でもそんなにいないと思う。作り過ぎて残っていた大根をトウがたつ前にと3月下旬にあわてて収穫したものの、1週間ぐらい経つあいだに食べきれなかった大根の茎が伸びて花が咲き始めたのだ。
「大根役者」とか言われる野菜のわりに、花は案外きれいだ。
大根から水分を吸収しながら、いのちをつなげようと健気に咲いている。このまま咲くのを眺めたいともちょっと思ったが、やっぱり今晩あたりに固くても味が落ちていてもおいしくいただくつもり。自分が育てた大根だし。はかなくも力強いいのちをいただく喜びを、素直に感じながら。
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伊勢まちかど博物館
(09.4.5) |
伊勢まちかど博物館のサイトを作らせていただいた。昨年、取材などをお手伝いしたポケットガイドブックのデータをそのまま載せただけのシンプルなサイトだが、作っているうちに取材で訪れたまちかど博物館の思い出がよみがえってきた。
その一つに岩田提灯店がある。伊勢は古い町で、いろんなものづくりの伝統が今日まで受け継がれている。同店は嘉永5年(1852)に創業した伊勢に残る最後の提灯店で、神宮御用達でもある。提灯もほかの物産と同様、中国からの輸入品に押されているが、岩田さんが手作りする提灯は丈夫なうえ、いろんな書体の文字や絵柄を描き分けるとあって県外からも注文が寄せられる。
特に印象深かったのは、訪れた人のために用意されていた古いアルバム数冊。昭和の戦前戦後を通して伊勢の町を彩ったたくさんの提灯の写真が収められたもので、モノクロの古い町並みの中に、大人が入るぐらい大きな提灯やユニークな形の提灯、縦横無尽に連なった提灯など、びっくりするくらい多彩な提灯が飾られている。そしてたまに提灯と一緒に記念写真風に写っている人たちの笑顔がとても晴れやかでうれしそうなのだ。昔の写真はみなどこか威厳があるけれど、それにしてもこの時代の空気は一体何なんだだろう。手作りの灯りにともされた町や人びとの営みの美しさ、なのだろうか。
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木にのぼる
(09.3.30) |
子どもの頃は、よく木に登っていた記憶がある。眺めがガラリと変わる木の上は子どもに取って特別な空間で、爽快な気分になったり、のんびりとし過ぎて木から落ちてしまったことも何度かあった。
伊勢の朝熊山麓の絆の森で、そんな木登りをすごく久しぶりに体験した。大きな楠の木にロープをかけて、尺取虫みたいに体を動かして上へ上へ。
最初は体が思うように動かなかったけど、途中からだんだん体が慣れてきて軽快に登れるようになってきた。ロープをかけている太い枝は、地上から12、3mほど。登るにつれ、周りの景色が変わっていく。地上の人たちが小さくなり、地上からは気づかなかった遠くの山桜がよく見えるようになった。周りの木々の葉がそよそよと風にそよいで、やっぱり別世界。ツリークライミングの気持ちよさがよくわかった。また、いろんな木に登ってみたい。
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かえるになった日
(09.3.15) |
関宿のいもぐりで、しいなちえさんの朗読パフォーマンス「ことばの種屋」を見た。しいなさんは宮城県丸森町で自然農や里山暮らしの体験小民家「山里刻」を営みながら、冬は芸人として全国各地を巡業されている方。「ことばの種屋」は、しいなさんが感銘を受けた谷川俊太郎や中勘助、まどみちおなどの詩を一人芝居をしながら朗読していく。詩の世界に応じて老婆や動物などになりきるなかで、仕草や声色以上に目の光がキャラクターごとに変わり、いろんないのちのきらめきを感じた。
一番印象的だったのは、壁に大きく張られた草野心平のかえる語の詩を最後に一緒に朗読したときだ。「じゆろうで いろあ ぼらあむ でる あんぶりりよ」などと続く意味不明の言葉を、かえるになりきったしいなさんの後に続いてみんなで朗読した。フランス語みたいだなと思いながら声を出しているうちに、なぜかわからないが顔がほころんでくる。自分もかえるになって、自由になった気がした。ちっぽけな人間の虚栄心や傲慢さから自由になれるなら、たまにはかえるになれたらいい。
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気になる
(09.3.2) |
先日、四日市へ行ったついでに名古屋まで足を伸ばし、名港ミュージアムタウンを見て歩いた。港町の雰囲気をヒントに制作した作品が商店や広場、路地などに展示されているという新聞記事を読んで気になっていたのだ。
歩いて見て、港町らしい雰囲気の作品というのはあまり感じられなかったが、路地裏のトタン塀に70年〜80年代の女子大生を描いた作品が並べてあった。どこかの海辺でサークルの合宿をしているような情景で、天真爛漫な“青春”がたっぷりとモノクロームの絵から照射されている。このレトロさがもしかして港町の雰囲気ということなのかな? とか思いながら「どんぐり広場」へ。そこにあったのは何と形容したらよいのかわからない、大きな枕の横にシーツが縫い付けられたものだった。それが広場のフェンス際とか倉庫の上とかいろんなところに置かれていたのも不思議な情景だった。
広場にはもう一組、ベレー帽をかぶった女の子二人連れがいて、あいさつをしようとしたら向こうもニコッと微笑んでくれて、少し話ができた。一人は美術系の学生さんで、二人とも美術に詳しそうな人だ。この作品についての感想を話し合ったとき、「何が美しいのかわからない」と言ったら、「美術」という言葉は明治に入ってから作られた言葉で、本来アートは美しくなくてもいいんだと教えてくれた。そして作品について「何かわからなくて不思議だけど、あの倉庫の上に載っているのは、私にはナマコみたいに見える」と言った。 言われてみたら確かにナマコみたいだった。そして足元にある別の作品も風に揺れてシーツが形を変えるたびに何だかキラキラして見えてきた。
名品や名作というのは、どこかに美しさがあるから魅かれたり感動したりして心に残るんだと思う。でも、美しくなくても、気になるものも素敵だ。そこに作者の息づかいが感じられるから。
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竹ごはん
(09.2.15) |
昨日、今日ととても暖かかった。昨日は一日室内にいたので気づかなかったが、今日は松阪の山中でキチ研(秘密基地研究会)の竹林間伐などに参加したので実感。身体を動かしていたらシャツ一枚でも良いような暖かさだった。
午前中はチェーンソウの使い方を教えてもらい、イヤーマフが付いたヘルメットを被って竹林を間伐。慣れないのでコワゴワやったが、汗を流すのは楽しい。最終的には傘をさして歩けるくらいまで間伐するそうで、それまではまだ日にちがかかりそうだが、林が明るくなるのは気持ちいい。
お昼は山で竹ごはん。これが、竹の香りがほのかにしてすごくおいしい。IH炊飯器の“なんとか炊き”よりもおいしいと思う。あと手づくりのカマボコもつみれ汁も竹に入れて焼いたパンケーキも、とてもおいしかった。次回はダッチオーブンでパンを焼くという。それも楽しみだ。
午後は同じ山の別の場所で間伐材を使ったテーブルやイス作りの続きに取りかかる。イスを仕上げてから座ったらとても気持ちよかった。木立ちからテーブルに優しい陽ざしが差し込み、ここでコーヒーや竹筒に入れたビールを飲んだらおいしいね、と盛り上がる。ここで昼を食べようとかキャンプをしようという話にもなった。
里山暮らしの楽しさを分かち合わせてくれるキチ研。3月は伊勢の絆の森で、4月は松阪の別の山で花見をかねて活動する。
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フルスイング
(08.12.28) |
NHKが年末にアンコール放送をしたドラマ「フルスイング」は、生きるという意味をとても考えさせてくれた良いドラマだった。
実話を基にしており、プロ野球の打撃コーチから59歳で高校教師になった高畠先生を高橋克実が演じた。最初は周りの先生や生徒たちから笑われ、あざけられていた高畠先生。幾多の試練に逢いながらも挫けず、人のために自分ができることを精一杯する。その行動が周りの人の心に響いたとき、試練は形を変え、解きほぐされていく。日常的にイジメがあって荒れていた“普通の”クラスが、みんなの心がつながった“最高の”クラスになっていく。
これまで脇役が多かった高橋克実が主役を演じ、主役人生を歩んできた里見浩太朗や個性派俳優の塚本晋也ら名優たちが脇役を固めたキャストも素晴らしいメッセージを含んでいたと思う。つまり、人生に主役や脇役なんてなくて、それぞれの場所で周りを生かすために自分の役割に没頭していけば、やがて自分の役割、存在さえ超えていきいきと生きていける。それをドラマの登場人物一人ひとりが実証したから、本物の感動が生まれたのだ。
最終回の、ガンにおかされた高さんが生徒たちに見せたフルスイング。そして亡くなった後、学校を訪れた奥さんに同僚だった女性教師(吹石一恵)が「高さんは、この学校に、生徒たちの心の中に生き続けています」と語った言葉は胸に迫った。
目を閉じて、あの太陽のような高さんの満面の笑みを思い浮かべつつ「お前ならできる。大丈夫。大丈夫じゃ!」と心の中でつぶやくと、胸がホクホクと温かくなって勇気が出てくる。
「思いを伝える」仕事の素晴らしさを、改めてかみしめた。
NHKがドラマと同時放映したドキュメント「もう1つのフルスイング」の中で最後に紹介された高さんの2つの言葉を伝えたい。後で思い出しながらメモをしたので正確ではないけれど、こんな内容だ。
「人は、失敗をどんどんすべきだ」
「人には負けても良いんだ。自分に負けさえしなければ、どんどんチャンスはやってくる」
今年お世話になった方々、ありがとうございました。新年もよろしくお願い申し上げます。
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所有より確かなもの
(08.10.23) |
「増刊現代農業」11月号が農文協から刊行された。テーマは「集落支援ハンドブック」。
同誌は農山村に向かう若者たちの潮流を度々紹介しており、今号でも何組かの若者たちを取り上げている。その一組である奈良県の「やまと心農縁」の取材を担当させていただいた。自然農をベースに大和茶を作っている代表の伊川健一さんたちに取材して驚いたのは、農産物をたくさん売っていくよりも、土と共に暮らす豊かさをたくさんの人と分かち合いたいという姿勢だ。田畑の“所有”にもこだわらない。
縁あって旧都祁村(現・奈良市)で農業をすることができ、村の人たちに認められて田畑を借りたり仲間を増やしたりしてきた。その中で、いろんな人たちの思いによって自分が生かされていることや、与えられたものに一生懸命取り組むことで成長できればまた新たなつながりが生まれていくことなどに気づいたという。彼らが手がけている無農薬・無化学肥料の大和茶のように爽やかな人たち。どんな新しい農を切り開いていくのだろう。 |
ミクロだけど深遠なコケ
(08.10.14) |
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暖かい秋の陽気に包まれた10月11日(土)、大杉谷自然学校でコケを学ぶ会があった。講師は、コケを研究して55年になる74歳の山田耕作先生。現在も伊勢市に住みながら、宮崎県の服部植物研究所で監事と非常勤研究員として現役で活動されている。
午前中は講習、午後は野外で観察会だったが、コケの世界は奥深い。
一言でコケ植物と言っても、蘚(セン)類、苔(タイ)類、ツノゴケ類など世界中に約1万8400種類ほどが発見されており、日本ではその1割弱に当たる1600種類あまりが確認されている。日本は多雨地帯だから多いそうで、先生もかつて調査したお隣りの韓国ではずっと少ないという。
コケをめぐる話でまず驚いたのが、歴史だ。コケが誕生したのは、約4億7000年前。水中から地上に進出した最初の生命が、コケ植物の仲間だったという。人類の誕生が数百年前だから、生命全体の歴史から見れば、地上の主は人間ではなくコケ植物なのかも知れない。
コケは植物なので光が必要だが、葉が単層なので乾燥しやすく、湿気のある場所でなければ生きられない。だから雨が多い広葉樹の森などは絶好の生息地なのだが、雨は生きるために必要であるだけでない。というのは、雨の量がコケを覆うほどに降ることによって雄のコケにある精子が雌のコケの卵子に流れ着いて受精できるから。4億年以上という想像もつかない深遠なる時を、コケは雨によって生命をつないできたのだ。コケむした森や苔庭など、コケのある風景に癒されるのもなんだかわかるような気がする。
コケは体内にたくさんの水を貯えて森の水源涵養機能を高めている。また、森の中で土の上に落ちた植物の種は微生物によって腐食されるが、コケの上に落ちた種は、コケの抗菌作用によって腐食されずに発芽するという。コケは森の成長をも支えている、ミクロだけど深遠な存在なのだ。
午後は、野外に出てコケの観察会をした。ギンゴケ、ネジレゴケ、ハイゴケ、チョウチンゴケ、タマゴケ…。県道沿いに少し歩いただけで、15、6種類のコケに出会った(鎮守の森など自然の豊かな場所で観察会をすると、40、50種類は見つかるという)。よくよく見ると、その一つひとつが美しい。
コケを学ぶ会はまた開かれるという。次は大杉谷神社周辺で観察会をするそうだ。 |